せんぱいが好き。
地方の公立高校のバスケ部で活躍していた俺。
かっこいいの。すごい速さでゴールに向かって、手品みたいにボールを操って、ゴールを決めた後の汗と笑顔。まるで時間が止まったみたいにずっと鮮明に覚えているの。
この子はどうやら俺が好き。いや、もう確定だろう。
どうしよう、俺はどういうわけか今、この子になってしまったのだが。
つまり、俺の目を奪う、あの綺麗な笑顔でバスケをするあの俺は、この子?
お互いの身体が入れ替わってしまったのか?なんかそんなきっかけとなる様なイベントがあっただろうか?正直全く思い当たらなかった。
そもそも俺はこの子の名前も知らなかった。いつも俺のことを見ていてくれた子の1人だってことは知ってた程度だ。
そして今俺はその1人になっている。
ピー!笛の音がする。俺が多くの人を抜き去って、軽やかに宙を待ってゴールを決めた。笑顔で陣地に戻る俺。
ああ、かっこいい。そう思ってしまう。胸が苦しい。思わず自分で自分の腕を握りしめた。
二の腕に指の跡が少しだけほんのり赤く残る。腕はまるでキャンバスのように白く、透き通っている。
ああ、あの子の指はこんなに細くて白かったんだ。
ピー!コートを見上げると、また俺がゴールを決めている。すごく楽しそうに。きっとあの俺はこの子なんだろう。
この子は本当に俺が好きだったんだな。
そして、今のあの俺は、この子は、今の俺のことはきっと見えてない。
胸が痛む音がした。
ピーッ!試合が終わった。あの俺は休憩に入った様で、颯爽とコートから出ていった。
思いがけず追いかける。足が勝手に動いた。今のこの子のところへと体が勝手に走っていく。
まったく俺は足が速かったんだな。背も大きい。なかなか追いつかないよ。こんなに必死で追いかけているのに。
駆け寄る俺に気付いたのか、少し先にいる俺が振り返った。いや、あれはあの子だ。俺の表情とは少し違う。
近づいてきた俺にあの子が少し意地悪そうな笑顔を向ける。その笑顔がとても可愛らしくて、俺の胸がドキドキして止まらない。もう、壊れてしまいそうだ。
「せ、せ、せんぱい!」
勝手にそんな言葉がでた。自分でもびっくりした。ああ、この子は後輩だったのか。
俺は俺の手を掴んだ。そして、あの子が俺をグイッと引き寄せた。
「やぁ、せんぱい!せんぱいって本当にカッコいいね!」
俺ってこんな声だったんだ。耳元から聞こえた俺の声がとても気持ちよかった。
俺を顔のすぐ横にいる俺は、もう俺じゃないんだなとわかった。
俺はこの子に恋してくれるかな。この子の恋が叶うといいな。
そう思って俺はすぐそばにある元俺の耳をすこしかじった。
コメント